大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(保モ)4985号 判決

申立人 水野浅次

右訴訟代理人弁護士 堀川嘉夫

同 上原洋允

右訴訟復代理人弁護士 町彰義

被申立人 岩城秋夫

〈ほか二名〉

右被申立人三名訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 石橋一晁

主文

申立人の本件申立を却下する。

訴訟費用は申立人の負担とする。

事実

申立人訴訟代理人は、「大阪地方裁判所が同裁判所昭和四一年(ヨ)第四、六一五号仮処分申請事件について同年一一月一二日為した仮処分決定を取消す。訴訟費用は被申立人等の負担とする。」との判決を求め、その理由として

一、被申立人等の申請により大阪地方裁判所は、同裁判所昭和四一年(ヨ)第四、六一一号仮処分申請事件について、同年一一月一二日、別紙目録記載の土地(以下、本件土地と称する。)につき申立人(仮処分債務者)が被申立人等(仮処分債権者等)の占有使用を妨害するような一切の行為をしてはならないし、また第三者をしてなさしめてはならないとする趣旨の仮処分決定(以下、本件仮処分と称する。)を為した。

二、被申立人等によれば、「被申立人等は別紙図面記載のとおり本件土地に隣接する各家屋をその所有者である申立人よりそれぞれ賃借しているが、本件土地も右各家屋の敷地としてその賃貸借の目的たるところ、申立人は本件土地上に二階建文化住宅(以下、本件文化住宅と称する。)を建てようとしている。

しかし、これが完成されると被申立人等の生活が脅かされる。」

と言うものである。

三、申立人は、被申立人等の本件土地についての賃借権の主張を争うものであるが、その点をしばらくおくとしても、次のような特別事情があるから、本件仮処分は取消さるべきものである。

(1)、申立人が建てるべく予定している二階建文化住宅は、本件土地上に被申立人等の通行を妨害しない余地を充分残して建てるべく設計されており、本件文化住宅が建築されても、申立人は自由に公路および共同水栓へ出入りでき、その日常生活を侵害されることがなく、従ってその損害は全くない。

(2)、申立人は、本件文化住宅建築のため一級建築士井倉友一郎にその設計をさせ、昭和四一年一〇月三一日大阪市旭消防署の同意を得て、同年一一月一日大阪府より建築物の確認通知書を得た。右通知書によれば、工事着手予定日は同日、工事完了予定日は昭和四二年二月二八日であったので、申立人は、昭和四一年一一月五日建築請負人峯忍と建築請負契約を締結し、既に金五〇〇、〇〇〇円を支払った。同人は同月九日本件土地上に杭を打込んで基礎工事に着手しようとしたところ、本件仮処分を受けたのであるが、準備した諸材料が散逸、腐蝕等によりその効用を失ったとして、申立人に対し、現に金三〇〇、〇〇〇円の賠償請求をしており、本件仮処分がこのまま維持されると、申立人は今後どれだけの損害賠償を請求されるか計り知れない。さらに、本件文化住宅完成予定日は昭和四二年二月二八日であったところ、これが完成しないことによって入居予定者を入居させ得ず、そのことによる損害は計り知れない。

(3)、被申立人等は賃借権又は占有権により本件土地を使用し得る旨主張するのであるが、かかる権利は金銭的補償の可能性がある。すなわち、本件仮処分が取消され、本件文化住宅が完成されたとしても、将来明渡しを求めるための執行の際、費用と時間の増加をきたすに止まり、必ずしも金銭的補償により終局の目的を達し得ないものではない。尚、本件文化住宅の収去費用はせいぜい金一〇〇、〇〇〇円である。

四、よって、民事訴訟法第七五九条による特別事情があるから、本件仮処分決定の取消を求めるため、本訴に及んだ。

≪疎明省略≫

被申立人等訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として

一、申立理由第一、二項は認める。同第三項の内、申立人主張のような特別事情が存在することは争う。申立人が本件土地上に二階建文化住宅を建てるため既に基礎工事に着手したことは認める。

二、被申立人等の居住する各家屋は、別紙図面表示のとおり本件土地に面し、かつそれを公道への唯一の通路としている。被申立人等およびその家族は戦前より本件土地を公道への通路として、又前庭、自動車置場、物干場等として使用して来た。

特に被申立人等は本件土地の東南端にある共同水栓から日々の生活のための水を得ており、その汲置のための通路として本件土地を利用して来た。申立人はこの約一一坪の狭い土地上に二階建文化住宅を建てようとしているが、その基礎工事のために打込んだ杭は被申立人等の各家屋すれすれに接近しており、建ぺい率の規定に違反した違法建築である。もし本件文化住宅が完成されると、被申立人等およびその家族の右記の如き本件土地の利用が不可能となって日常生活が侵されるばかりか、さらに日照、採光、通風、近隣又は被申立人等の家屋の火災の場合の消火作業および避難が困難となり生存権さえ脅かされることが明らかである。

三、かかる生存権の侵害については金銭的補償により終局の目的が達せられない。住居の平安は人の精神生活の源泉であって単なる金銭的補償により満足され得ない。一方、申立人の損害は、被申立人等の了解を得ることなく勝手に建築請負契約を結んで着工を依頼したことによるものであって、違法建築を計画したことによる当然の結果である。申立人において得ようとするのを金儲けのための文化住宅の建築であり、被申立人等において得ようとするのは住居の平安および生存権の保護である。

申立人の蒙る損害は僅かの金銭的損害であり、被申立人等の失うものは平穏に生きる権利である。

≪疎明省略≫

理由

一、被申立人等が、本件土地につき賃借権に基く使用権限を主張し、申立人を債務者として大阪地方裁判所に仮処分命令を申請したところ、同裁判所が昭和四一年(ヨ)第四、六一一号仮処分申請事件として受理の上、同年一一月一二日本件土地につき申立人(仮処分債務者)が被申立人(仮処分債権者)等の占有、使用を妨害するような一切の行為をしてはならないし、また第三者をしてなさしめてはならないとする趣旨の仮処分決定を為したことおよび申立人が本件土地上に二階建文化住宅を建築する予定で、その基礎工事に着手したことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、被申立人岩城は昭和一八年八月、同鈴木は昭和一五年、同松村についてはその母親である松村つたが昭和一六年にそれぞれ別紙図面表示のとおり本件土地に面する各家屋に入居して以来、同人等およびその家族が本件土地を植樹および草花栽培のための前庭、物干場、自動車置場、公道および共同水栓(本件土地南東角に所在)への通路等として利用して来たことを認め得る。又、≪証拠省略≫によれば、本件文化住宅は、被申立人岩城および同松村の各居住家屋からそれぞれ二米、同鈴木の居住家屋から一米四〇糎離れて建築される予定であり、その配置予定図はだいたい別紙図面点線表示のとおりであることを認め得る。

右認定の各事実によれば、本件文化住宅が完成されたとすると、被申立人等およびその家族の公道および共同水栓への通行自体は不能となるわけではないが、それ等への距離がやや遠くなり、かつ道巾が狭くなって他家の軒先を通行せねばならない等可成り不便になり、さらに従来永年に亘って前庭、物干場、自動車置場等として利用して来た本件土地につきかかる利用が全く不可能となるばかりか、通風、採光、日照についても可成りの制限を受けることも予想されるし、特に火災等緊急事態発生の場合、消火作業および避難行動が大いに阻害されていることが明らかである。

一方、証人峯忍の証言および申立人本人尋問の結果によれば、申立人は本件文化住宅建築の着手金として金五〇〇、〇〇〇円を工事請負人峯忍に支払い、同人は右金員により木材を購入して建築のために加工する等して準備したところ、本件仮処分を受けたので同人宅の近くの空地において右木材にシートをかけて保存中であるが、既にその大部分が腐敗等のため使用不能となったこと、古木材についての加工賃および建築確認書入手手続費等として同人が申立人に金三〇〇、〇〇〇円を請求していることを認め得る。

三、申立人は、「本件仮処分が維持されることによって右金員の損害の他、本件文化住宅の完成がおくれるためその家賃収入もおくれ、これ等の損害は著しい損害であるに反し、本件仮処分が取消され、本件文化住宅が完成されることによる被申立人等の損害は皆無であるから本件仮処分は取消されるべきである。」旨主張するが、右記金五〇〇、〇〇〇円および金三〇〇、〇〇〇円の損害は既に発生してしまった損害であって、今後本件仮処分を維持することによって生ずるものとは言えないし、さらに遡って考えるなら、家賃収入喪失をも含めて申立人主張の損害が、前記認定の被申立人等の各損害に比して「著しきもの」「異常に大きいもの」と断ずることはできない。

四、申立人は、「被申立人等主張にかかる賃借権又は占有権に基き本件土地を使用し得る権利は金銭的補償の可能性があるから本件仮処分は取消されるべきである。」旨主張するので按ずるに、証人峯忍の証言によれば、かりに本件文化住宅が完成された後本訴において申立人敗訴のためそれを収去する場合、金一七〇、〇〇〇円から金一八〇、〇〇〇円あれば収去の上本件土地を修復し得ることを認めることができるが、一旦建物が建築されてしまうとそれを収去することは国家経済や居住者への考慮、さらに執行手続の煩雑さ等から事実上著しく困難であることは裁判所に顕著な事実であるし、その上右収去に至る迄の被申請人等の日常生活における不便や不安は計り知れないものであり、かかる生活の平穏に対する侵害については民事訴訟法第七五九条の特別事情としての「金銭的補償の可能性」がないと断じざるを得ない。

五、よって、申立人が本件仮処分命令の取消を求め得る特別事情の存在を認定することができないので、申立人の本件申立を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高沢嘉昭)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例